すしを試してみたい
「ああ、出汁の旨さとはこういうものなのだ」ということを頭の中ででもいいから実感してもらいたかったのである。
やや大げさかもしれないが、昔は濃出汁の場合は、割り箸が立つほど削り節を加えたといわれている。
もちろん、プロの料理人が出汁に使える原価は、採算を考えれば一杯当たり30〜40円というのが妥当なところだろう。
しかし、それに何をプラスすれば命の出汁に近づけるのか。
それを工夫するのがプロの料理人というもので、そこに独自のうまさの方程式が生まれる。
たとえば、代表的な出汁の素材に昆布とかつお節がある。
その旨味成分は、昆布がグルタミン酸、かつお節がイノシン酸だが、試験管の中でこの2つを混ぜ合わせてみると、相乗効果で旨味は9倍にもなることがわかっている。
さらに、シイタケのグアルニン酸や貝類のコハク酸などを組み合わせることによって、出汁はより深い味わいになるはずだ。
また、ひと口に昆布出汁といっても、昆布には真昆布、昆布(日高昆布)など数十種類あり、それぞれ獲れた場所、風味、色合い、旨味などがまったく違う。
たとえば同じ真昆布でも、白口浜と黒口浜では微妙に旨味が違い、白口浜は炊きものに向いており、黒口浜はお吸い物に向いているという具合である。
こうしたことを知ったうえで、出汁の素材をどう組み合わせるか。
料理人のなかには調味料を入れてカバーしている人が少なくないが、工夫のない料理人には、美味しい料理など作れるはずがないのだ。
そもそも、ほんとうにいい素材なら、そのままかじってしまったほうがいい。
いい素材をそれ以上のものにしなければ、それは料理とはいえないというのが私の持論である。
別な言い方をすれば、料理とは、素材の旨味を閉じ込め、さらに他の素材と組み合わせることで、最上級の高度な旨さを実現することだといってもいい。
旨味を閉じ込めるための料理法の極意はじつに単純で、塩を振って火であぶればそれでいい。
逆にいえば、旨味を逃がすためには、料理をする過程で。
水を使えばいい。
水を使えば、かならずそこに旨味が逃げる。
じつは、この旨味が逃げ出した水が、出汁である。
フランス料理でいえば、ブイヨンやフォンになり、それぞれ旨味の出た液体を煮込むことによって、さらに旨味を凝縮していく。
そして、これにワインなどを加えるとソースになる。
中国料理では、湯(タン)である。
ひと口に中国料理といっても、上海、広東、北京、四川料理では、それぞれ湯が違うが、どの料理にも共通して使われるのが、火腿(中国ハム)である。
広東では、豚肉や鶏肉と火腿を合わせたものを6時間ほど蒸して、上湯を作る。
北京では牛肉と火腿を合わせて湯をつくる。
さらに、この火腿も浙江省では塩漬けにして数か月間熟成させたもの(金華)を使う。
これをスープの中でコトコトと煮込むと、すりこんだ塩が旨味のもとになる。
和洋中すべて、出汁は料理のベースを作る。
出汁を失敗すると、うまさの方程式は根底から崩れる。
どんな高級な素材を組み合わせても、失敗した出汁をもとにした方程式からは、うまい料理という答えは出てこないのである。
さらにやっかいなのは、たとえ旨い出汁がとれたとしても、それで料理が旨くなるとは限らないことである。
たとえば「あわびのしゃぶしゃぶ」という料理を名物にしている店があった。
これは、千葉の大原沖で夏場だけ解禁になるびわ貝と呼ばれる巨大なあわびをしゃぶしゃぶにして食すという、夏季限定の贅沢な料理である。
このしゃぶしゃぶをさる料理屋で食べようとしたときのことである。
目の前にしゃぶしゃぶ用の出汁が沸いている鍋が出された。
カツオ節の匂いがする。
首をひねりながら一口食べてみると、案の定、カツオ節の味が勝って、肝心のあわびの味がしない。
「どうして、あわびのしゃぶしゃぶをするのに、カツオ節なの?」と店の主人に聞いてみると、彼は、「いけませんか?」と怪訝な顔をする。
出汁といえば、彼の頭には、そういう解答の方程式しかないようなのだ。
あわびのしゃぶしゃぶは、じつは海藻だしで食べるべきものである。
なぜなら、あわびは海藻や苔などを食べているからで、生あわびの一切れを味わえば、海藻の風味がするはずである。
店の主人にそういって、あらためて昆布出汁を作ってもらった。
この出汁に、さっとあわびをくぐらせて食べると、まったく違和感がなく、美味な味わいになったのである。
主人も納得されたのはいうまでもない。
同じことは、フランス料理についてもいえる。
たとえばフランス料理では、肉をメインにした料理に使うソースは、動物の骨から煮出して作ったフォンをベースにするのが基本になる。
仔牛の骨からはフォンードーヴォー、鴨ならフォンードーキャナールといって、鴨のガラをワインといっしょにグツグツ煮つめて作ったフォンを使う。
以下、鹿の肉を食べるときは、鹿の骨を煮出して作ったフォンードーシブライユ、鶏肉を食べるときは、鶏ガラを煮出して作ったフォンードーボライユという具合に、同じ素材からとった出汁を使うのが基本になる。
つまり、出汁と素材には相性があるということである。
やみくもにいい素材を使って出汁をとればいいというものではない。
日本料理でも鶏肉の鍋なら、鶏ガラからとったスープが合うように、素材と同系統のもので出汁をとるのが基本で、これも「うまさの方程式」のひとつになる。
しかし、最近のフレンチレストランには、ほとんどがフォンードーヴォーだけという店が多い。
もちろんコストの関係もあるし、それぞれの材料に合った出汁を用意することが難しくなっているためでもあるが。
素材と出汁には相性があることを知らないのか、それとも単なる手抜きなのか。
少なくとも、フォンードーヴォー以外のフォンを作るのが採算的に合わないのなら、鴨や鹿の料理は出さないというのが、料理人の通すべきスジというものだろう。
たしかに、フォンードーヴォーでいかに素材を生かす方向で調理するかは料理人の腕の見せどころではあるが、めったにお目にかかれないのが現状である。
今の旬は本来の旬と50日のズレがある。
四季と旬の方程式「料理の素材には旬のものを使う」とは、昔からいわれている「うまさの方程式」のひとつである。
ことに四季のはっきりしている日本では、昔から料理に旬の素材を使うことへのこだわりがひじょうに強かった。
というより、当たり前だった。
ハウスものも冷凍庫もない時代、食材はとれたての旬の素材を使うしかなかったといったほうが正解だろうか。
旬の素材についてはおいおい述べるが、現在はといえば、昔ほど旬がはっきりしていないことは否定しようのない事実だろう。
ハウスものの野菜や養殖魚、さらに輸入ものの食材がこれだけ出回れば、たしかに旬の感覚が失われていくのもやむをえない。
なにしろ、いまでは日本の食材の59パーセントは輸入ものである。
季節に関係なく、世界中からこれだけの食材が日本に入ってくれば、旬が失われるのは当然だろう。
もうひとつ、日本人から旬の感覚を失わせた理由がある。
いまから130年ほど前になる明治5年1月3日のこと、ときの政府が旧暦(太陰暦)を捨て、ヨーロッパの暦、つまりキリスト教圏の新暦(太陽暦)を採用し、その日を明治6年1月1日にあらためたのである。
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